08 加用

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「いえ、俺こそ笑ってスミマセン。でも加用さんの言う通りですよ。せっかく素材が良くても、今のままじゃ会った人がびっくりしちゃいますよね。俺も初めて会った時はびっくりしましたし」 「そうなんです。私もそう思うからこそ、いつも言っているんです」  加用は強く同意すると、堰を切ったように、久我に関する仕事上のエピソードを話し連ねた。  久我はのらりくらりとマイペースに振る舞う面があるだけに、秘書として、歯がゆく思うこともあるのだろう。しかしそれは、ただの愚痴ではなく、側近として、主の立場を慮ってこそ発せられる言葉ばかりで、貢にはどこか心地よく聞こえた。 「そうだ。早速今晩にでもカットしちゃいましょうか。雨音は近々神社の大切な仕事があるんですよね? その前にさっぱりするのもいいかも」  貢は名案とばかりに手を打つ。  美容師として、内心、久我の稀に見る美しい黒髪に手を加えてみたいと思っていた。  しかし、数日後には恋人だった男の結婚式に立ち合わなくてはならない久我の心情を思うと、その身支度を手伝うようで、とても口には出来ずにいたのだ。  久我もこの結婚をきちんと見送ることで新しい自分を作りたいと言っていた。髪型を変えるだけでも、かなり気分転換になるだろう。 「ちょうどいい機会ですよね。加用さん、どう思います?」  貢は少々浮かれながら加用に同意を求める。  しかしそこには、唖然として貢を見つめる加用の視線だけがあった。 「――君は、知らないのか?」 「え?」  敬語も失せた加用の言葉が不穏に響く。 「知らないって……、何のことですか?」  戸惑う貢の問いに、加用は我に返るように居直すと、サッと視線を逸らす。 「何でもありません。少しお話が過ぎました。大変失礼いたしました」  加用は深々とお辞儀をすると、貢を見ないまま早々に立ち上がる。
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