09 交錯

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 屋敷の裏側は鬱蒼とした林に面しているが、まずは敷地を出なければ何も始められない。 貢は、加用が事務作業をしている部屋から目に入らない場所を見計らい、白塗りの塀を飛び越えた。そして、白壁に沿ってしばらく行くと、舗装されていないが僅かに人通りを感じる通路に出た。 「うーん。分かってはいたけど、見事になんもねぇな」  辺りを見回しても、家屋どころか、深緑と田園だけしか見当たらない。  そもそもこの巡崎の土地勘など持ち合わせてはいないが、都心の感覚で、屋敷さえ出てしまえばどうにかなるだろうと思っていた。しかし、木々の隙間から遠くに見えるのは、視界を縁取るように山岳の起伏が見えるくらいで、どうしようもなく途方にくれてしまう。 「とりあえず、ぐるっと歩いてみるか」  迷っている時間はない。  特に久我から外出を禁じられているわけではないが、加用に知れれば主が斎籠もりの最中である以上、いい顔をするわけがない。  日中、加用は、昼食まで終わってしまうと、久我が帰宅する夕刻まで干渉してくることはないが、勘の良い男がいつ貢の不在に気がつくかはわからない。  目的地が分からない以上、辿り着けなければ、ある程度で見切りをつけて屋敷へ戻らなければないらない。  貢は逸る気持ちを抑えながら早足で歩く。  しかし、幾ばくも進まないうちに、深緑の視界に既視感を覚えて立ち止まる。  ――あれ……? この場所、見たことがあるような……。  久我邸の白壁が切れ少し進んだら、車一台幅分ほどの道に出た。  それを取り囲むように生い茂った木々のアーチと、幹が折り重なって影を落とす仄暗い緑道にはどこか見覚えがある。 「ここ、松岡と歩いたことある、かも……」  一年前、松岡に連れられてやってきた巡崎で、まだ遠い空に星の瞬きが残る早朝に、ふらりと二人で散歩へ出たことがあった。
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