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「は、はぁ……」
完全防寒の男は、陽気な口調でひと息に喋り切り、唯一表情を覗かせている目元を細める。奇妙な格好はしているが、怪しい人間ではなさそうだ。
男は返答に戸惑う貢に気が付くと、「あぁ、これは失敬」と、深々と被っていたニットキャップを取った。
――あ……っ。もしかして、この人が……。
白髪交じりの短髪と無精髭に、人好きのするやわらかな笑顔。徹底した寒さ対策によって、一見可笑しな風貌には見えるが、笑うと深くなる目尻のシワが、男の愛嬌を掻き立てている。
「こんな格好ですみませんねぇ。今日は外作業が多いものだから。いつもは大抵そこの社務所に座ってるんですけどね」
男はちらりと境内の端の〝社務所〟と看板を掲げた木造の建物に目をやった。
この場所まで白昼夢を彷徨うようにやって来たが、男の顔を見て、貢の意識が一気に覚醒する。
そして、自分でも信じられないほどの展開に、思わずグッと拳を握りしめる。
「ん? 何かいいことでもありました?」
男はにこにこと小首を傾げながら、貢と同じポーズを取る。生来、ひょうきんな性格らしい。
――あ、右の口元、上がった。
貢は男の笑みに見覚えのある仕草を見つけ、確信を深める。
笑う時、右の口角が少しだけ上がる松岡の秘書、加用の面影を。
「えっと。前にこの神社へ来たことがあったから、なんだか懐かしくなっちゃって。ついじろじろ見てしまってたんです」
「おお、そうでしたか。それはよくお詣りくださいました」
貢も男の朗らかな雰囲気につられて微笑み返すと、男は更に目を細める。
男は、姿こそアンバランスなコーディネートをしているが、その微笑みの奥には、整った涼やかな目元が見え隠れしている。
息子と同じくようにスラリと背が高く、分厚い防寒着を纏っていても、内側からの洗練された立ち居が分かる。
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