09 交錯

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 いつも感情を表に出さない息子とは対照的に、その面持ちはたおやかなで、これで不精髭を整えてスリーピースのスーツでも着れば、目を見張る紳士になるだろう。  久我のことを知りたいと考えた時、一番に思い浮かんだのが、加用から聞いた巡崎神社に勤める加用の父親の存在だった。  側仕えの家系である加用家の人間であれば、久我を取り巻く環境を、客観的に知っているかもしれないと思ったのだ。  ただ、加用の父親ともなれば、息子を上回る無愛想男が出てくるのはないかと内心戦々恐々としていたが、いい意味で想像を裏切られた。  とはいえ、初対面の相手にいきなり久我の話を持ち出すわけにはいかない。  貢は、ひとまず当り障りのない話をすると、加用の父親が、境内を案内してくれることになった。  ――気持ちは嬉しいけど、本題からどんどん遠ざかってくような……っ。  貢は焦る気持ちを抑え、揚々と話す男の声に耳を傾ける。  境内に建つ楼閣や神楽殿、年頭にだけ公開される拝殿は、有形文化財にも指定されていて、歴史が深く、正月や催事の時は多くの参拝客で賑わうそうだ。  建築された当時は色鮮やかに彩色されていたという楼門は、幾重にも見える透かし彫りが見事だが、悠久の流れによって現在は木目だけになっている。しかし、彫刻の隙間に僅かに残る色彩の欠片が、遠い過去の姿を彷彿とさせ、趣きを放っている。 「色彩があっても美しいし、なくても十分美しい。在りし日を想像するほうが感性を豊かに出来る。建築された当初は、数年に一度、彩色し直していたそうですが、いつからかエコロジー優先にしたみたいですね」  加用の父親の軽快な話しぶりは、史跡などに馴染みのない貢でも引きこまれ、気がつくと当初の目的も忘れて聞き入っていた。
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