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だが、ユニークな言葉の端々には、この場所を敬う誠実な思いが散りばめられている。この男のとって、巡崎神社は、何にも代えがたい大切な場所なのだろう。
ぐるりとひと通り境内周り、最後に案内されたのは、樹齢五百年を数える大きな杉の木だった。
「山岳は冬が長い。だから、この御神木杉は、他の地域の同じ樹齢の木より少々幹周が劣ります。成長期となる暖かな季節が短いですからね。しかし、必ず年に一回りは年輪を重ねますから、節が密で、とても強いんですよ」
隆々とした注連縄を湛える一本杉は、御神木とされているだけあって、この境内で一番の存在感を放っている。
「ほら、上。見てください」
「上?」
男が指差す方を見上げると、真っ直ぐに伸びる杉の先が空に溶けて見えた。
「わぁ……」
「杉のてっぺんが空に届いているみたいでしょう? この杉には伝説があって、天と地上を繋ぐ架け橋と云われていましてね。逞しい主幹は真っ直ぐで揺るぎなく、葉先は風にそよがせて気持ち良さそうだ。この眺めはわたしが幼かった頃から何も変わらない。きっとこの木は、気が遠くなるほど長い時間、ずっとこの土地を見守り続けてくれているのでしょう」
微風に揺れる杉のざわめきが耳に心地いい。
そして、隣りで空を仰ぐ男の横顔は、とても和やかだ。
久我邸で過ごしている間、ずっと考えていたことがある。
生まれながらにして生き方を定められた人間の気持ちはどんなものだろうと。
地域で重要な神社の宮司の家に生まれた久我は、最愛の恋人と別れることも厭わず、背負った宿命を全うしようとしている。
同じく加用も、一族の定めのままに久我家に仕えている。
数多の選択肢が溢れる現代で、敢えて盲目を貫くように生きるふたりに、貢は閉塞的な息苦しさを感じて止まなかった。
しかし、今隣りに立つ同じ宿命を負う男からは、微塵も閉塞感など感じない。
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