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整った顔をくしゃくしゃにして笑い、初対面の人間も気兼ねなく受け入れる。
この場所を慈しむ思いが、深々と伝わってくる。
――ここに来て、よかったな。
何ひとつとして知りたかったことを聞き出すことは出来なかったが、それでいい。
――今晩、ちゃんと久我と話してみよう。
コソコソと調べ回ったりせず、堂々と。
そうすることが、久我にとって、迷惑以上の何でもなくても、知りたいと思う。
そして、もし、久我が憂いを抱えているのなら、一緒に考えたい。
久我の為だけではなく、貢自身の為にも。
「案内してもらってありがとうございました。すごく楽しかったです。また来ます」
久我の屋敷を出てから二時間程経っただろうか。まだ日没までは時間があるが、今は一刻も早く屋敷へ戻った方が余計な波風を立てずに済む。
貢は男に向かって丁寧にお辞儀を、元来た道へ足を向ける。
「あぁ、ちょっと待って。よかったらもう少し寄っていきませんか。今日は氏子の若い衆に仕事を頼んでいましてね。そろそろ休憩の時間なんですよ」
男が指差す方向に、木々の間から一筋の煙が立っている。
案内の中で分かったことだが、貢がやってきた道は、境内へ繋がる脇道にあたり、正式な参道は、男が指差した方向にあるらしい。
「甘酒と焚き火で焼き芋。一緒に食べていきませんか。都会の人はあまり食べたことがないでしょう。温まりますよ」
「いえ、でも……」
正直、焚き火で焼き芋と聞いて、喉が鳴りかけた。昔、学校の行事で初めて食べた時、とても香ばしくて美味しかった。
しかし、ここは久我の職場だ。本人は斎籠もりの最中で姿を現すことはないだろうが、貢の立場上、あまり多くの関係者と関わるのは避けたほうがいいだろう。
貢は「せっかくですが……」と辞退しかけるが、そこへ突発的に大きなクシャミが込み上げる。
「遠慮し……――クシャン!」
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