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「はははっ。おやおや。長話しすぎましたかね。まぁ、焚き火にでも当たって、暖まってくださいよ」
加用の父親は、今日いちばんの声で豪快に笑うと、鼻を啜る貢の背中を押す。
「ひゃい。ありがとうございまふ……」
貢は観念して、誘われるままに、煙の立つ場所へ向かった。
御池に掛かる太鼓橋を渡って表の参道を進むと、数棟の蔵が参道脇に建っている。その前で、十数人ほどの青年たちが、焚き火を囲んで甘酒を片手に談笑していた。
青年たちの格好は様々で、加用の父親と同じ白い袴姿の者や、見るからに力仕事が似合う恰幅のいい者もいる。
男たちは陽気に貢を招き入れると、甘酒を振る舞ってくれた。
しかし、ちょうど休憩の終わり頃だったらしく、少しだけ雑談した後、各々の持ち場へ戻っていった。
貢は気の良い男たちに圧倒されながら、必要以上に詮索されることなく解散できて、内心ほっと胸をなでおろした。
「明後日、この神社でご婚儀があるんですよ。それで今日は、氏子青年会の若い衆の手を借りて、前準備をしているんです」
加用の父親は、自分も甘酒を煽りながら、遠足を楽しみにする子どものように嬉しそうに話す。
――それって、久我が執り行う予定の、恋人の結婚式のこと……?
久我から聞いていた話ではあるが、実際にその準備を目の当たりにすると、一気に現実感が増してくる。
辺りには、組み立て途中の祭壇らしき木製の台や、大巻の緋毛氈が日干しされている。
結婚式の催事場には、エスカーサでの仕事で、何度も出入りしているが、ここまで大掛かりな準備は見たことがない。緋毛氈のひとつをとってしても、かなりの本数だ。
「この神社で結婚式をする時は、いつもこんな感じなんですか?」
「いえいえ。普段はここまではしないんですけどね。明後日の挙式は、この巡崎にとても縁深いお家同士のご婚儀なんですよ。境内を歩む〝参進の儀〟を見届ける為に、多くの人間もやってきますからね。しっかりお迎えの支度しなくては」
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