幼き日

2/3
前へ
/64ページ
次へ
子供の頃の記憶は、ほとんどない。 思い出すのは、鼻に染み付いた病院の匂いばかり。 病弱だった僕には、遊び回るという行為は不可能だった。 しかし、唯一。 たった一度きり、外で遊んだことがある。 家が隣で歳が近かったからか、翼(たすく)兄ちゃんとはよく遊んでいた。 いつもは僕の部屋でゲームをするのだが、なぜかあのときは。 近所の公園の一本松。 とても大きくて、太くて、まるで柱みたいだった。 翼兄ちゃんは猿のように松に登った、けど、木登りなんてしたことなかった僕は、木の下で翼兄ちゃんを見上げることしかできず。 ―危ないよ。降りなよ。 僕は泣くように―実際に泣いていたような気もするが―喚いた。 ―大丈夫、大丈夫。琥珀もこっち来いよ!気持ちいーぞ! 翼兄ちゃんは笑ってた。 強がりでもなんでもなく、心から。 その時。 ―おーい!…あっ!! 僕に手を振ろうと木から腕を離した、が、バランスを崩してしまい。 ―翼兄ちゃん!! 地面が柔らかかったことと、当たりどころがよかったことが幸いして、大事故には至らなかった。 でも、その日以来、翼兄ちゃんが木に登るところを僕は一度も見ていない。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加