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「不動君。」
エレベーターの扉が閉まり、一旦一流企業ならではの空気が絶たれた途端部長は壁に背を預け脱力した。
「何ですか部長?」
「トレスティアーノ伯爵はどのような御方か、調べているかね?」
「ええ、それは大口の取引相手と成り得るかもしれないので一通りは。
大多数の吸血鬼様は領地の統治で優雅に暮らすのが基本である一方、
トレスティアーノ伯爵は"人間社会のルールに則って"会社を立ち上げ寝る間も惜しみ働き続ける労働者の鑑……………有り体に言ってしまえば変人ですね。」
「こら、滅多な事を言うんじゃない。
今のは本物の首が飛んでも文句は言えないぞ。」
「本人の前や、本人の耳に入るような所では言いませんよ。」
「当たり前だ。
君が失言で死ぬのは君の責任だが、私を巻き込まんでくれ。
いつまでも独り身な君と違って、私には愛する妻と娘がいるのだからな。」
「(……家では存在しない者として扱われてるのにそこまで言えるとは、逞しくて涙が出るな。……)」
「何だい不動君?」
「いいえ、何も。」
「なら良い……………っと、そろそろ着くぞ。」
無機質な人工音声が到着を告げ、扉が開く。
一呼吸置いてから部長は意を決してエレベーターの外へ踏み出し、私もそれに続く。
「遂に来たか……………………………」
タハタ自動車の創業者にして社長を務めるトレスティアーノ伯爵が座する部屋。
魔界か天国──ではなく、失業の地獄か現状維持の低収入生活継続のどちらかに繋がる重厚な扉の前まで来た。
「神よ、哀れな子羊に救いの手を。」
キリスト教信者でもないくせに部長はドラマに出て来るエセ神父のように十字を切り、更に合掌して頭を下げて祈る。
キリスト教と神道に同時に神頼みとは、全く無節操な人だ。
まあ、日本人らしいと言えばそれで終わりだが。
「では────────いざ!!!!」
この一叩きに魂を込めるとばかりに目を見開いた部長は扉をノックしようとしたが、
残念ながら部屋の中に人がいる気配は無いので返事は来ないだろう。
「………………………不動君、私何か粗相をしたのだろうか?
ノックの回数は3回で間違ってないのだよな?
まさか不在……………では、無いよな?
今日の14時とトレスティアーノ伯爵様に指定して頂いたのだからな、それは有り得ない。
有り得ない…………………よな?」
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