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「540円ッスね。」
「これで頼む。」
財布から1枚しか無い札を受け皿に置き、レジの中へ飲み込まれていくのを見守る。
給料が入るまであと2日、コンビニの100円コーヒーすら買う余裕は無い。
幸い明日明後日は3月ぶりの土日両日休暇。
固形コンソメだけの具無しカレーでどうにか凌げるだろう。
「はい、お釣りと割引券。
卵だったら何でも使えるから、一番安いやつの2個パックなら実質タダね。」
「………………今割り引いてもらっても良いか?」
「早く取って来なよ。」
宝石のような輝きを放つ黄金の黄身。
ああ、何て恋しい。
私にとって卵とは、時々ヤマヅキの大特価セールで得られるカップヌードルの具のアレだった。
あの不思議な食感の黄色い玉だ。
だからまともな卵なんて久し振りだ。
どう料理しようか。
やはり明日の唯一の具として活躍してもらうか。
半熟にして、ご飯の上に乗せて。
カレーを半分程食べた後、潰してあの濃厚な黄色い液体とルーを混ぜて食べるのだ。
最高だろう、その食べ方は。
心が鳴る。
きっと明日は良い日だ。
「残り700円………………これならば具に鶏肉を追加しても良いか。
いや、これで缶詰を買うという手も………………」
時間短縮のため、街灯の少ない夜の公園を横切る。
15年程前までは、夜の公園は若いカップルの絶好の溜まり場だった。
発展場と言っても過言では無かった。
だが、この時代にそんな奴らはいない。
何故ならば、夜は彼らの時間なのだから。
「─────嫌、嫌ァァァァァァァ!!!!!!
助けて、お願い助けて!!!!」
どうやら今日は悪い日だったらしい。
私の自転車の前に、派手な格好と化粧をした女が飛び出して来た。
咄嗟にハンドルを横に切り、自転車ごと倒れそうになるも足を杖に事無きを得る。
「………………ハァ、頼むから急に飛び出して来ないでくれ。
これで貴女を轢いてしまったら、小型車両に乗る私の方が走行不注意で罰せられてしまうのだからな。」
反省を促すために溜め息混じりに言うが、女はまるで聞いていない。
何かから逃げるように、私の後ろへ回り込む。
大方DVの彼氏に追い回されているとかその辺だろうが、くたびれたリーマンに頼らないで欲しい。
私は早く帰りたいのだ。
「落ち着け、落ち着いて事情を説明したまえ。
震えているだけではどうにも出来んよ。」
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