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早期解決のため携帯電話を出しながら事情の説明を促すと、女は自分が来た方向を指差した。
「あの方が、私を…………………………」
あの方?
その言い方に、嫌な引っ掛かりを覚えた。
DV彼氏または強引なナンパ野郎をあの方とは呼ばないだろう。
あの方と呼ぶからには、自分よりも目上の者。
それも、命の危機が迫った状況でも敬称を忘れない程の。
見た感じキャバか風俗の嬢をやっていそうなこの女にとって、それ程の相手とは。
ヤクザ─────いや、恐らく。
「ちょっとちょっと、どうして逃げるんだい?
僕の血の眷属になるのがそんな嫌かい?」
夜闇から現れる人影。
自転車のライトと月の光で浮かび上がったその姿は。
「これは失礼、吸血鬼様でしたか。
車上から見下ろした御無礼、どうか御許し下さい。」
白銀の髪に紅い瞳。
それはこの世界の支配者である吸血鬼の証。
それも服装を見る限り、爵位持ちだろう。
目の前の吸血鬼を不快にさせトラブルを呼び込まないために、自転車を降りて頭を下げる。
社会に出て身に付けた処世術。
どうやら吸血鬼は礼ある行為に満足してくれたらしい。
「良いよ、許してあげる。
だから早く後ろの女の子を僕にくれるかい?」
言われた通りに女の腕を掴み吸血鬼の方へ渡そうとするが、女はスーツを掴んで背中から離れようとしない。
気持ちは理解できるが、私を巻き込むのだけは止めて欲しい。
「何をやっている。
吸血鬼様がお前を眷属にしてくれると言うのだ、何故それを拒む?」
「お願いです、血は吸って良いですからそれだけは勘弁して下さい!!!!
私には、私には結婚しようと言ってくれた彼氏がいるんです!!!!」
血の眷属。
それは謂わば、吸血鬼の愛の奴隷。
吸血鬼は自分が気に入った人間に自らの血を注ぎ込む事により、
その人間を魅了し永遠の忠誠を誓う奴隷に出来る。
逆らわず、従属し、盲信し、全てを肯定する。
ただの人形だ。
「彼氏かぁ………………良いねぇ、僕人の物を取るのが好きなんだよね。」
やはり吸血鬼は歪んでいる。
彼氏がいる女を寝取ろうとは。
全く良い趣味をしている。
「ねぇ君、血の眷属になる事ってそんな嫌なのかな?」
「いえ、私共人間にとって吸血鬼様の血の眷属にして頂くのは至上の喜びです。」
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