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「山原さん! 確認、お願いします!」
後輩の山谷が持ってきたグラブを掴み取る。…うん、いい感じだ…。グラブをつける。しっくり来る。…いい出来だ、腕を上げたね、山谷君…。
オーダーメードのグラブ。今ではプロ選手からの依頼しかこない。そしてもちろんのこと、それは高い。通常のグラブの10倍の価格だろう。
それほどの値段をつけても、会社は火の車だ。しかし、お得意さんが増えることになった。嬉しいことだ。
土日は休みだったのだが、最近は出勤しないと手が回らなくなっている。私は好んで出勤する。好きな仕事だ。体力と精神力が続く限り、グラブを作りたかったんだ。
「山原さん、オーダーシートです。BAの佐伯さん! サイン、もらってきてくださいよ! でも、これって…」
事務の佳奈ちゃんが、いつもはしない笑顔で私に言う。誰だって彼のサインは欲しいだろう。私だって…。
佳奈ちゃんが言い淀んだこと。両手用のグラブ。ひとつのグラブを両手で使う。ないことはないのだが、プロ選手では皆無だ。
グラブづくり。野球少年だった私は、野球そのものよりも道具にこだわった。手にしっかりとフィットするものを好んだ。野球そっちのけでグラブを作り続けた。唯一野球をするのは、グラブが完成した時だけだ。
私の作ったグラブを見つめる同級生がたくさんいる。子供の目には、さぞみすぼらしいものだったんだろう。好奇の目で見られた。当然、悪い意味でだ。私はバカにされた。しかし私は、グラブと一体感を味わえる、この時が好きだった。
ある日私の家に、ひとつ年下の信太がやってきた。幼なじみの子だ。
「グローブ、見せてよ!」
私は喜んで、グローブを見せた。いつもの信太の眼と違った。すごく真剣だった。
信太は背が小さかった。クラスでも学年でも一番小さかったと思う。そして私のように野球が大好きだった。
信太の家は金持ちだ、と思う。お屋敷のような家に住んでいる。こんな、みすぼらしいグローブよりもいいグローブなんていくらでもあるだろうと、子供だった私は思ったんだ。
「ボク、プロ野球選手になりたいんだ。山ちゃん、ボクがプロ野球選手になったら、グローブつくってよ! 小さいグローブがいいんだ。手で取っているって、感じの!」
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