空気

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一日一話 空気 「……読めよ!」 「ん?なに?」 「空気読めっていってんだよ」 箸を停めて、顔を上げるとはす向かいの女性が僕をじっと見ながら困ったような怒ったような顔している。 居酒屋の入れ込みはサラリーマンや学生のグループでいっぱいだった。 誰もが、そこにいるすべての人たちに聞かせなければいけないかのように大声で自身の話への賛同を求めていた。 僕のいるテーブルでも、はす向かいに座った女性がなにか手柄話のようなことをみんなの顔を一様に見渡しながら叫んでいた。彼女は女性グループのリーダー格らしい。それは言葉と態度、そして彼女が連れてきた仲間たちの反応からうかがい知ることが出来た。皆は女性が話すときは他の人との話を控え、ひと言ひと言、一挙一動に興味があるかのようにタイミングをはかって頷いている。 機嫌良く事を進めていた彼女は、僕のせいでその機嫌の流れを滞らせることになったようだ。目の前に運ばれた鰆の西京漬けとの対話に集中していた僕に対して女性は何かリアクションを求めていたらしい。 「空気読めって。あの子がヘソを曲げたら女子を引き連れて帰ってちゃうぞ」 空気を読めってか。 じゃあ読むことにしよう。 とたんに眼の前にベールのような言葉の膜が現れた。幾重にも幾重にも重なったそれはみるみる厚さを増し、風景が言葉の中に沈んでいった。 「あー、なんぼ人数あわせでもなんでもこんな奴連れてきちゃったんだろう。見かけは悪くないからコマとしてはいけると思ったのに、あ、こんな奴に構っている場合じゃない。なんとかこの次の店まであの子達を……」 これは目の前でそわそわしている奴のページ。 「なんなのこの男。私が話題を振ってやっているのに、なんかわからないその焼き魚から箸を離しなさいよ。大体今日のメンバーはレベルが低すぎるのよね、っったく……」 これははす向かいでこちらを睨んでいる女性のページ。 「あー、この女、ほんと、うざい。合コンを自分のディナーショーかなんかと勘違いしてるんじゃないの。向かいの男の態度に拍手だわ、かといってぇばらけた後のエスコートを頼むには金持ってそうにないし……」 これは向かいに座っている女性のページ。
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