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書類を受け取りながら男が応える。
「ご高察恐れ入ります。……はい、確かに頂きました。では全力を尽くします」
「全力を尽くす……だと?」
「はい、もちろんです」
「……まあいい、なんだか知らんが頑張ってくれ」
「はい、それでは失礼します」
加藤は、手術室へと駆けていく男の背中を見送った。
……あの男も使命を帯びて動いている。
決して敵ではないのだ、おそらくは。
再び静かになったロビーで、加藤にようやく喪失感が訪れてきた。
それは例えていうなら暗黒であり、気を抜けば思考の全てを黒く塗りつぶし、加藤を絶望にいざなおうとするものだった。
加藤は徐々に胸が苦しくなり、呼吸が浅く、そして早くなってきた。
……このままではいけない、何か……逃避でもいい、何かをしていなければ思考を失う。
そうだ、とりあえずなにか飲み物を飲もう。
加藤は救いを求めるように立ち上がり、よろけながら清涼飲料水の自動販売機に向かう。
小刻みに震える手で、なんとか正気を保ちながら温かい缶コーヒーを買い一口すすると、僅かに呼吸が楽になった。
加藤はそのまま一旦自動ドアを出て、外の空気を吸う。
師走の深夜の空は凍りつくような星空で、肌を刺すような寒さが加藤に鮮明な思考を取り戻した。
そしてその場で煙草に火をつけ、紫煙とともに頭の中の暗黒を吐き出すと、加藤はようやく人心地が付いた。
回り始めた加藤の頭はすぐに、情報に飢えていることに思い至る。
……そうだ、美咲は事故に遭ったのだ。何処で、どのような事故に遭ったのか?
そして……誰が美咲を殺したのか。
岩崎に電話をするべきか、あるいは東警察署か。
……いや、まずはニュースだ。重大事故なのだから、必ずニュースで流れるはずだ。
加藤は院内に戻りロビーを見渡してテレビを探した。
しかし、テレビは見つかったものの、壁の高い位置に取り付けられており、電源スイッチには手が届かない。
リモコンはおそらく病院が管理しているのだろう。
テレビを諦めた加藤は、ソファ座り自分の携帯電話で検索する。
……あった、これだ。
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