187人が本棚に入れています
本棚に追加
美咲は美咲で、ネット上での生活を満喫していた。
とにかくネットに繋がれた全てのカメラが美咲の“目”になるようで、世界中どこにでも行けるらしいのだ。「身体とか、むしろ邪魔だし」とまで言っている。
プログラミング言語が第一言語になってしまった美咲は、コミュニケーションをとるための携帯電話用アプリケーションを造り出し、生存を知る近しい人に配信した。「咲ちゃっと」と名付けられたそのアプリで、美咲は今でも三上くんのサポートを続けているようだ。……次期生徒会長となる三上くんの。
ただ、加藤にとってこの「咲ちゃっと」は少々扱いに困る代物だった。
使い勝手は抜群なのだが、なにしろインターフェイスが水色のクマの人形なので、はたから見ると携帯電話でクマの人形と疑似コミュニケーションをする残念な中年にしか見えないのだ。
あまり職場でこれをやっていると、娘を亡くしたショックで遂に壊れたかと思われるだろう。
結局、あっという間に一年の四半期が終わり、4月1日昼のニューヨーク、加藤は国連本部の記者会見場で事務総長の背中を見つめていた。
さあ、世界の度肝を抜いてやれ……。
加藤の熱い視線を背に、飄々とした雰囲気で王が第一声を放つ。
「えー皆さん、本日はわざわざお集まりいただいてありがとうございます。まず初めにお断りしておきますが、今から私が申し上げることは決して冗談ではありませんので、皆さんそのつもりでお願いします。……さて、先の大戦が70年以上前の出来事となりましたが、大戦以降現在までの間、私たちの先達が苦労に苦労を重ねて今があります。グローバルな視点でいえば未だ平和とは程遠い状態であることは否めませんが、外交然り、経済然り、また各国の内政も然りで、紆余曲折ありながら、今、という瞬間を享受していることに私たちはもっと先達に対し敬意を持たなければならないと個人的には考えています。そしてまさに今この瞬間、かの地に惨禍をもたらしている人たちにも、果たして何のために、どのような意思で自分が動かされているのかを今一度考えてもらいたいと切に思います」
ここで事務総長が少し間を取る。
……よし、前置きは悪くない。何か大きな発表をするという雰囲気は出ている。
加藤は強く拳を握る。
最初のコメントを投稿しよう!