-♀-

3/131
前へ
/220ページ
次へ
1 再会 「……あれ、おかしいな」  加藤(じん)は、背広の内ポケットをまさぐった。 「どうした? なに探してるんだ?」 「いや、お前に名刺を渡しておこうと思うんだが、見当たらないんだ」 「要らねえよ名刺なんか。署の警備課に聞きゃお前の肩書きなんぞすぐ分かる。なんせ高級官僚様だからな」 「高級、は余計だ。俺はそんなに偉くない。……今朝は確かにあったんだがな、名刺入れ」 「だから要らねえよ。どのみちすぐに出世するんだろ? なんたって管内に引っ越してきた瞬間から警備対象だ。うちの公安はお前の経歴から家族構成、人脈まで把握済みだろう」 「いい気分はしないな。で、その人脈とやらの中に、お前との関係も入ってるのか?」 「そんなわけねえだろ。俺なんか、出世頭のお前にとっちゃ取るに足らん人間だ」 「そんなことはない。むしろ俺の方が世話になってるんだ。……まあ、今日初めて知ったんだけどな」 「サプライズ……だったろ?」 「ああ、まさか岩崎が警察官、それも自分が住んでるところの刑事課長とはな。出世頭は岩崎、お前の方じゃないのか?」 「俺の場合は、出世魚、というんだそうだ」 「上手いな。どこの命知らずが言ったんだ?」 「先生だ。五年前のクラス会で言われた」 「なるほどな。先生からすれば、まさに出世魚だったろうな」 「ああ……中学のときは散々迷惑かけたからな」  岩崎肇は昔を懐かしむ遠い目を水割りのグラスに落とした。  その隣で加藤仁は、20年ぶりに再会したこの強面の同級生の中学時代に思いを馳せる。  目の前にいるこの男……岩崎は、中学生時代は札付きの問題児だった。  勉強嫌いと粗野な言動で日常的に教師の手を煩わせていた。  ただ陰湿なところがないため、決して嫌われ者ではなく担任からもある意味で一目置かれていた。  学級に団結があり、卒業後も定期的にクラス同窓会が行われているのも、もしかしたらこの男の影響かもしれない。  加藤はそんなことを考えた。  年の瀬に催される5年に一度の同窓会、今日は来た甲斐があった、と加藤は思う。  加藤が過去に出席したのは今から20年前……皆が20歳になる頃の1回だけだった。
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!

187人が本棚に入れています
本棚に追加