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「その返事が『なに当たり前のこと言ってんの?』だった」
「へえ」
「つまり娘は、学校のテストで良い点を取ることをデメリットだと考えていたらしい」
「なんだそりゃ」
「転校ばかり繰り返して、目立つことを嫌うようになった娘なりの処世術だったんだ。俺が中央勤めに戻ることが決まったときに、今度は長く住むから遠慮せずに友達をつくれとは言ってやったんだが、テストは相変わらず手を抜いていたらしい。この前たしなめたら、はじめて実力を見せた」
「いかにもお前の子らしいじゃねえか」
「……誉めてるのか? それは」
「もちろんだ。親子共々将来有望じゃねえか、羨ましい限りだ」
「……将来、か」
加藤は、一人娘である美咲の将来を想像しようとした。
そしてふと、想像しようとしている自分が、思いのほか上機嫌であることに気付く。
誰かとこんなにゆったりと会話したのはいつ以来だろうかと。
間違いなく俺はこの時間を愉しんでいる、と。
思わず口元が緩む。
「……岩崎、今日はお前のお陰で良い酒になった」
「なんだ? いきなり」
「いや……大した意味はない」
二人きりの酒盛りは、午後10時を過ぎても続いていた。
「で? 外務省のお偉いさんよ、実際のところ日本はどうなんだ?」
「どうなんだろうな。まあ安全面ではまだセーフティゾーンだ。だが今回の中東は本当に筋が悪い。反体制が石油という金づるを手に入れている。最悪のシナリオもある」
「お前はその中で何をしてるんだ?」
「今は国連に携わってる」
「国連だと? 国連といえばこの前、事務総長とやらがどっかの大国の軍事パレードに出て意味不明なこと言ってたぞ。俺の馬鹿な頭で考えてもおかしいぞ、あれ」
「あれは予防の一環だ。気位の高い大国が経済的に窮しているという構図がよくない。暴走しないように国連として釘を刺したんだ。そもそも事務総長はかなりアメリカ寄りだ、個人としてはな。日本が悪口を言われるだけなら安いもんだ」
「……本当の話か? それ」
「もちろんだ。事務総長には恥を忍んでもらったから、いつか埋め合わせが必要だ。……岩崎、世界の秩序は、世間が思う以上に危ういバランスで維持されているんだぞ」
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