第一章:ガーベラに誘われて

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 道を歩き続ける横田優香(よこたゆうか)は自宅のマンションから離れた大通りまでやって来た。 バスや車のエンジン音が聞こえる。人の行きかう音が心地よく、田舎から大学進学の為に上京した彼女の胸をときめかせる。 憧れの場所で憧れていたことができるのだ。空腹を忘れ様々なお店を見て、雑多な人々に少し酔ったところで、駅の巨大広告が目に入った。 「美術館――ね」  高校の頃に一度だけ行ったことがある。でも、それは学校行事の一環でただただつまらなかった。しかし、大人っぽい雰囲気に不思議な絵が飾ってある場所。彼女にとって美術館はそんな印象だったと思い返す。 看板には髭を上に尖らせた画家の写真があった。ここから十五分程の道のりらしい。 特にこの画家にも絵にも興味はなかったが、彼女は大人の雰囲気というものをもう一度、味わいたかった。看板につられて迷うことなく美術館の前までやってきた。  大きな美術館の建物は、真新しいガラス張りの四角い巨大な箱にしかみえない。ビル風が寒い位に彼女の身体を駆け抜ける。辺りには見終わったカップルらしき男女が、腕を組みながら歩いている。 「羨ましいなぁ。私も彼氏欲しい……」 そう独り言を吐く。優香は産まれてこのかた恋愛をしたことがない。片思いですら夢のまた夢だった。それは、彼女の外見や性格に問題があるわけではなく、中高一貫の女子学校だったために男性と話す機会がほとんどなかった。  美術館の入口に近づくたびに、外からガラスの中を行き交う人々の様子がはっきりと見えはじめる。優香はビルの大きさに驚いた表情をしながら、建物へと入っていった。入口の受付部分には、サルバトール・ダリ展と書かれていた。その文字の上には看板と同じ画家の写真が映し出されている。そういえば看板にも同じ名前が書いてあるのを優香は思い出した。 「大人一枚ください」 優香は受付の女性にそう言いチケットを受け取る。そして、展示会場の入り口にいる男性に渡すと半券を返してもらった。 チケットって渡したら半分返ってくるんだ。そんなことを悟られないように、彼女はダリ展の会場に足を踏み入れた。
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