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「もっと僕に時間も心も割いて下さい。雪穂さんをもっと知って、雪穂さんも僕を知って、――そうして、僕を嫌いだという理由を見つけて、それから拒んでくれなければ、引きません」
冬夜の、こんなに矢継ぎ早に押し付けてくる姿は初めて見るもので。
必死に逃すまいとする様は、雪穂にとって歓喜でしかない。それを、心の内だけに留めておく必要はないなんてこと、あってもいいのかと思ってしまう。
「困らせてしまうなら好きだとは口にしません。言わないから、どうか」
「もう、いいです」
「っ、よくはな……っ」
「そうじゃなくてっ!!」
後退を示したと解釈をする冬夜を遮り、雪穂は間合いを詰めた。
雪穂が離れていくことを望んでもいないのにたじろぐ身体に、雪穂は冬夜の怯えを知る。
同じ、なのだろうと。
馬鹿だ。いい歳した大人の男女が、怖れてばかりで。手に入れるのが望みのくせに、植え付けられた失う恐怖を前に立ち竦む。
そんな冬夜を自分は受け止めていけるのだろうかと、まだ躊躇は途方もないくらいにある。
けれど、自惚れでなければ、冬夜は、雪穂でなければいけないというのだ。
そんな、あの日最愛の人の墓に縋る姿と同じような、頼りない様で目の前に立たれたら……。
これは、雪穂が守りたかった姿そのもの。
「お願いです。どうか貴女に、もう少しでいいから、近付く権利を」
「……、そんなの、私のほうがもっともっと――」
雪穂は、あの日と同じように、その儚い背中をそっと撫でられるくらいまで近付いた。あの日と違うのは、冬夜は崩れ落ちることはなく、その長い足でしっかりと立っているということ。冬夜の進化か想いの深さの違いなのか。
永遠に追い付けない壁に早速ぶつかってしまったけれど、恐れていたような感情が雪穂に芽生えることはなかった。
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