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持衰
身代わりになる、というのは言わずもがな「行為」の事であり、「職業」ではない。が、エミシだけはその常識に唯一異論を唱える事が出来る。
「ここには来るなと言っているだろう」
囲炉裏端に座る女に、土間で草鞋を編みながら、ナルカミは突き放すように言った。
「今朝、準備をせよとのお達しがありました。明日からはソウマの社から出ることが出来なくなります」
「…そうか」
「無論、戦の回避に向けて皆様が尽力されています故、杞憂となるかもしれませんが」
女のその言葉に、そうあって欲しいという願望がひしひしと込められている事がよく分かる。
「戦になれば、あなたもまた征くのですよね」
「お召しがあれば、それが俺の務めだからな」
「務め…」
「他人の事を気にしている場合か? お前にも持衰としての務めがあろう、タチバナ」
持衰と書いて「じさい」と読む。ある種の特殊能力を行使する者の呼び名である。しかし持衰の能力は才能、と呼べるほどありがたいものではなく、むしろ障害や持病に近い。心に深い傷を負う等のきっかけにより能力開花し、それゆえ戦争孤児など身寄りの無くなった子供達の中から見出だされる事が多い。
持衰はそばにいる他者の不幸や穢れを代わりに引き受ける、スケープゴート的な存在で、古くは王者たる者の側に仕える事で、王に寄る邪悪や不幸を身を以てかぶる役を負う者であった。
「何度お願いしても、私の持衰石をお持ち頂けないのですか?」
「その話はもうよせ」
ナルカミがタチバナの言葉を遮った。
「俺自身の武の至らなさをお前になすり付けるなど、有り得ぬ」
ヒヒイロカネの原石であるタタラ鉱、御石にもう一つの恐ろしい効果があると発見されたのは、三百年以上昔、アテルイ王の時代である。御石は砕かれて粉々にされても、破片全てが霊的な繋がりを失わず、干渉し合う特性があり、その効果によって、それら破片を所持する者達同士にもまた、繋がりを与える事が分かった。
アテルイはその効果に着目し、研究の末に、御石を砕き、持衰に親石、兵士に子石を持たせる事で、子石を持った兵士の負傷や痛みを、親石を持つ持衰に転嫁する事を可能にしたのである。子石を携えて戦う兵士達は不死となった。
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