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ヒヒイロカネの剣はしかしまたそれら危険を冒してまで造る価値のある、恐るべき武器であった。イカルガで用いられるような美しい装飾を施された細く反りのある「刀」ではなく、幅のある剛毅な直剣で、その名の通り持つべき者が持つと、赤く光を帯びて輝く。
極めて軽く、かつ強靭であり、剣の達人ならばイカルガの兵が用いる鋼の太刀を打ち砕く事すらある。帯剣を許されるのは、精強をもってなるエミシ兵の中でも更に抜きん出た強者だけで、全ての剣は持ち主の体格、利き腕、太刀筋の癖などを考慮して、刀身や柄の長さ、切っ先の形状、重量、銘などが細かに決められるため、一つとして同じ形は無い。
だがこの剣が他と比べ最も異質と言えるのは「持ち主にしか扱えない」点にある。ヒヒイロカネは剣に打ち出される際、主となる者の血を求めるのだ。
通常、鉄や鋼なら鍛える際、焼いた刃を水に浸けて冷やす工程を繰り返す事で硬度を増すのだが、ヒヒイロカネはその水に持ち主の血を加える。それもかなりの量が必要である。多ければ多いほど刃は強靭なものに鍛え上がり、そして刀身の赤みも増す。過去にはその血を一滴でも多く注ごうとするあまり、失血死した者もいるほどである。
だがそうして主の血を吸った剣は、文字通り生死を主と共にする一蓮托生の相棒となる。その身を鞘から抜くや、振るう者に鬼神の如き力をもたらし、そして主が死ぬ時には頑丈であった刀身がみるみる腐り、砕け散る。まさに持ち主以外には扱えないのである。
「討ったのは誰じゃ」
火箸で炭を転がしながら、マゴロクが口を開いた。
「それが、ナルカミにございます」
「ナルカミ? 何故ナルカミがおったのだ」
郎党の返答に、マゴロク老が訝しんだ。ナルカミという男、類い稀なるヒヒイロカネの剣の使い手であるが、普段はツガルのはずれの小屋に一人で住んでいる。それが何故我が屋敷の庭に潜んでいたのか。
「昨夜ふらりとやって来まして、神薙の研ぎを頼む、と」
神薙はナルカミの剣に与えられた銘である。
「研ぎが済むまで書院にて待たせていたのですが、いつの間にか居なくなってしまい、急用でも出来て帰ったものと」
「ふむ、それで今はどこにおる? 帰ったのか?」
「いえ、身体も冷えきっておりました故、朝餉の膳を与えて暖を取らせております」
「会う」
マゴロクが立ち上がった。
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