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「つまりお主は前夜より我が郎党の誰にも気付かれる事無く庭に忍び、刺客を待ち受けていた、という事か?」
「はい」
マゴロク翁の下問に、正座したナルカミが答えた。粗末な黒衣を纏った痩せぎすの男。猫を思わせるしなやかな体躯に、後頭部で一本に束ねた長い黒髪。切れ長の眼は、つい先刻極寒の伏兵を敢行し、刺客を斬り伏せたとは思えぬほど落ち着いている。
「解せんな、そもそも何故刺客が放たれたと分かった?」
「先日、ノヘジ様より通例の太刀稽古を頼まれて参上した折、出入りの炭商人を見かけたのですが、いつもの使いと違う者でありました」
「鍛冶には大量の炭が必要。ゆえに出入りの商家も大店じゃ。使いの者もいつも同じではないぞ」
「爪の間に炭の粉が詰まっていない炭商人はおりませぬ。それに商いが済んだ後もすぐに帰らず、屋敷の周りをうろついていました。明らかに密偵です。それ以降、今日まで動向を見張っておりました」
「ずっとか」
「はい。調べましたるところ、得物は弓に、白百足の毒。そして襲撃は昨夜のうち、と思ったのですが、奴も思った以上に用心深く」
「成る程、だが刺客がどこから儂を狙うかは、どうやって知ったのだ?」
「知ったのではなく、あの位置から狙うように仕向けました」
「何?」
襲撃を阻止するどころか、誘導したとでもいうようなナルカミの物言いに翁は驚いた。
「マゴロク様の部屋の位置は敵も把握しておりましょう。ならばその部屋を安全に狙撃できる場所を敢えて作っておけば、目の利く刺客ならばちゃんとそういう場所を選びます」
「そんなことが出来るのか?」
「勝手ながら、池の脇にあった石燈籠をあの位置まで動かしました。自分は身を隠しつつ、相手を狙える位置があれば、刺客がそこを使わない手はありません」
「道理じゃな」
翁も感心して頷く。
「昨夜からの雪が、燈籠を動かした跡も覆い隠してくれます」
「見事な策。お主は儂の命の恩人となったという訳じゃな、礼を申すぞ」
「いえ。ですがこの一件で、イカルガとは戦となるのでしょうか?」
「さて、それはアラハバキ様の判断次第となるが、骸を見る限り刺客は明らかにフソウの民族、異国の者ではない。今まで外交にてどうにかイカルガとの直接衝突は避けてきたが、今回ばかりは…危ういのう」
エミシの王の怒りを考えると、マゴロクも不安を拭う事が出来ず、暗憺たる気持ちとなった。
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