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刺客の襲撃を受けて緊急に召集された評定でのアラハバキ王の怒りは相当なものだったらしい。無理もない。タタラの秘伝は単なる技術ではなく、エミシの民が誇りとする伝統そのものであり、文字通り多くのエミシの強者の血によって連綿と伝えられてきた文化である。事はマゴロクという鍛冶の頭領の命ひとつの問題ではないのだ。
髭面を朱に染め、歯噛みするアラハバキに、評定に集った誰もが皆恐れをなし、顔を伏せていたという。どちらかというと普段は寛大な王がそれほど怒るのは、モタイの知る範囲では久しく無いことであった。エミシの誇りを誰よりも大切にするアラハバキにとって、タタラ鍛冶への攻撃はどうしても赦せないものなのだろう。無論、心情としては誰もがイカルガが憎い、だが全面戦争となると、やはりまだ躊躇いがある。
「おそれながら」
ゆえに王の参謀役であるヨナイが口を開いた時、その場にいた重臣達は内心ホッとしたものだ。激怒するアラハバキにものを言えるのは、彼ぐらいである。
刺客がイカルガの手によるものだという確証を得るが先決であるというヨナイの献策に、憮然としながらもどうにか冷静さを取り戻したアラハバキは、その策を是とし、イカルガの内情を探るべく新たに密偵を放つよう命じ、モタイがその任に選ばれたのであった。
「さてと」
武家町にほど近い旅籠に荷を下ろしたモタイは、すぐに準備に取り掛かった。行李の中には太刀の鍔や、石突きや柄頭の彫金飾り、根付、柄巻の色紐など、武具に用いる装飾品が満載されている。
イカルガの武士はエミシと違って洒落者が多い。それゆえこれら装飾品は皆競って買い求め、飛ぶように売れる。先程の茶屋で見かけた派手な柿色の小袖に黒袴、朱鞘の太刀を落とし差しにした傾いた格好の侍など、モタイが見ても惚れ惚れするような伊達男であった。
モタイはそういった物を商う事で、イカルガの中級武士との人脈を作り、浸透するという方法で情報を得るやり方を確立している。
(まずはいつものお坊ちゃんから、だな)
情報を引き出すにうってつけの侍を、モタイは数年前から贔屓の客にすることに成功していた。イカルガの重臣の伜という、政治中枢に近い立場の一族だが、本人は部屋住みの次男坊で家督を継ぐ責任感も持たなくてよい境遇から、放蕩三昧の日々を送っている男に、
「キョウに立ち寄った折には顔を出せ」
と言われている。まずはそこへ。
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