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カズマという若侍、戦いのさなかに太刀を折られていた。それも尋常の折れ方ではなく、検分に当たった検非違使庁からの報告によれば、刀身の中ほどがまるで鉄槌か何かで叩き壊されたように粉砕され、切っ先は弾き飛ばされて寺の門の柱に突き刺さっていたらしい。
イカルガで用いられる細身の刀同士の打ち合いでは、こうはならない。そもそもイカルガの侍大将格が帯びている太刀は当然ながら皆どれも銘刀であり、並みの打ち合いでは折れることはない。ましてや鋼の太刀が粉砕されたなどという話は俄には信じ難い。
さりとてカズマや郎党の骸を見れば、傷は明らかに切創であり、棍棒や槌のような打撃武器のそれではない。となればヒデモトがたどり着く結論は自ずと決まる。
「ヒヒイロカネの剣を振るう者ども、エミシの仕業以外に考えられん」
黄昏のスザク大路を歩きながら、モタイはその言葉を反芻していた。事態はモタイが、そしてアラハバキたちエミシが考えていた以上にまずい事になっている。今はまだ公になっていないとは言え、刀の件が衆目の知るところとなれば、イカルガの世論は一気に反エミシへと傾くだろう。そうなれば両国が全面戦争に向かう可能性は高まる。
(こうなってはゴンベエの正体も探らねばなるまいな)
あれこれと思索に耽り逍遙するうち、キョウのはずれの水路に出た。夕闇が迫っている。このまま夜を待ち、辻斬りの正体を確かめたいところではあるのだが、それをするにはまだ情報が足りない。
(旅籠に戻るか)
まずは拠点に戻り、辻斬りの一件をツガルのアラハバキ王に知らせる密書をしたためるのが先決だろう。
「ちょいと旦那さん、こんなとこでぼんやりと。迷子かい?」
声に我に返ったモタイが見れば、水路端に女がしゃがみこんで野菜を洗っていた。
「姐さん、今夜は里芋かい、いいねえ」
モタイの言葉に
「何がいいもんかい、ゴンベエとかいう奴のせいで、夕の市にも行けないんだ。うちの旦那なんて、毎日芋ばかり食わせやがってって、うるさいったらありゃしないよ」
モタイを省みもせず、女は憮然としながら、ごしごしと芋の泥を落としている。いつの世も、貧乏くじはこういう名もない民達にばかり回ってくる。自分も賤民出身であるモタイには、この女のやり場の無い怒りが身に染みて分かる。親近感を覚えたモタイが女の脇に腰掛け、話を振った。
「全く、誰なのかねえ、ゴンベエってのは」
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