第一章

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 9月16日  チィーン  古びた天井や壁が広がる畳部屋。奥は障子があり、明るい。  そこにある仏壇の前に座って手を合わせる老婦人がいる。  肩くらいの長さの髪を後ろで結んでいて、白髪の中に少しだけ黒髪が残っているがほとんどそれは見えない。  深い笑いジワが口元にあり、まぶたや目尻も下がっている。  夫に先立たれ、子供も自立し、今は年金で一人暮らしをする89歳の女性。富岡タキ。  買い物や掃除などは自力で行っていたが、ここ数年は腰が曲がってきて手が伸ばしづらくなってきた。  電球の取替えなどは子供が訪ねて来た時にまとめてやってもらうようにして、なるべく一人で過ごせるよう工夫をしていた。  今日も玄関先の掃き掃除から始まり、廊下を拭いたり、仏壇を磨いたりし、昼近くになると食事の支度を始め、食べ終わると今度は買い物に出掛ける。  買い物から帰ってきて数時間はゆっくりと過ごすか、老人クラブなどの近所の集まりがあるとそれに参加し、それなりに充実した生活を送っていた。  それでも年々衰えてきて、買い物の荷物を持つのがつらくなってきたり、少し風邪をひいただけで寝込んでしまったりと、一人暮らしの心細さを感じていた。 「富岡さんは一人で全部やってるんでしょう?いや~お若いわ。私なんか、もう、膝が痛くてね。布団から起き上がるのもつらくて・・・・・・」  月に数回、街の住民センター内の休憩室に近所の高齢者が集まって行う、老人クラブというものがあった。  ピンクのソファーに座ってそう話すのは、同じ町内の山田春子。喜寿を迎えたばかりの77歳。
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