第一章

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 家の中はいつも静かで、タキはそんな日々をもう二十年くらい過ごしていた。  リー リー リー  うちわを片手に縁側で涼むタキ。  夏の間に伸び切った庭の雑草の中から鈴虫の音が聞こえる。  気づけば夏が終わり、十五夜も終わって、季節は徐々に冬に向けての支度を始めているようだった。  そうしている間に今年も終わり、あと幾度この季節に巡り会えるのか。  そう考えながら空に目を向けるが、視力も悪くなった目に見えるのはせいぜい月の明かりくらい。 「気持ちいいねえ・・・・」  タキはそう独り言を漏らし、夜風を楽しんでいた。  9月17日  次の日いつものように5時に起き、朝日が出てくる早朝に玄関掃除をしていたタキ。  そんな彼女の前にひょろっとした男性がにこやかに現れた。 「あの、富岡タキさんでいらっしゃいますか?」  緑のポロシャツを着た、短めの髪で30前後のその男に見覚えはない。 「どちら様ですか?」 「わたくし、ホームヘルパーをしています、小宮尚人と申します。今、区の方で70歳以上の高齢者を対象とした試験的に行っているサービスがありまして、無作為に選んだ住民のお宅にお伺いし、掃除や食事の補助を行うというものでして。今回は富岡さんが選ばれたので、こうして訪ねて参りました」  そう言葉を連ねて、男は名刺を一枚こちらに差し出してきた。  そこにはホームヘルパー1級の文字があったが、単独でここに来たというのも怪しく、そもそも区でそんなサービスをしているなどの話を聞いたことのないタキは彼に疑いの目を向けた。
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