第一章

9/21
前へ
/80ページ
次へ
「私は朝ご飯を食べますけど・・・・・・小宮さんは?」 「ああ、お構いなく。これが終わったらどこかで食べてきますので」  少しだけ後ろを振り向いて彼はそう話す。それに頷いてタキは台所に向かった。  男にもらった名刺を見直すが、こんな物はいくらでも作れる時代だろう、とタキは思った。  高齢者を狙った新手の泥棒かもしれない。親切なふりをして年寄りを騙そうとする輩は沢山いる。  昨日の炊き込みご飯の残りを口にしながら、そんなことをタキは考えていた。  食べ終わってすぐ、彼の様子を見に仏壇のある部屋に戻ってはみたが、彼は背を向けたまま懸命に草を抜く。 「はあ、ああ・・・・・・」  握力がなくなってきたのか、彼は時々手をグーパーして手首を振る。 「少し休んで下さい。今、お茶持ってきますから」  タキは見兼ねてそう声をかけた。 「はあ、ああ。すみません・・・・・・」  彼は泥だらけの顔をこちらに向け、軽くお辞儀をする。  冷えた麦茶と濡らしたタオル、炊き込みご飯を握ったものをおぼんに乗せて、彼の元に持って行った。 「さあさ、どうぞ」  曲げていた腰を伸ばし、数回叩いて男は振り向いた。 「ああ、申し訳ない」 「残り物ですけれど、よかったら食べて下さい」  男はこちらに近づいておぼんの上に乗った握り飯に目を向けた。 「ああ、これじゃ、僕が世話してもらってるようなもんじゃないですか・・・・」 「一人暮らしだと炊いたご飯も食べ切れなくて。捨ててるんです、いつも。勿体ないから食べて下さい」  タキの言葉に男は軽くお辞儀をした。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加