無重力の砂時計

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足抜けについては兄から会長に直談判したようだ。 指詰めもなく、正式に組の会合でも、龍仁会でも発表されずにひっそりと組から消えた。 そうしないとけじめを言い出す人間がいるからということなんだろう。 身内に甘いと言われかねないので、自然にうやむやにしてしまうのが最善だったようだ。 自分としては、仲の良かった住み込みの舎弟たちや、一緒にカチコミに行った連中には挨拶したかったが、それも許されず心残りだ。 昔モデル仲間だった連中も、ホストの時の奴らにも会っていない。 同じ新宿界隈にいるのに不思議に会わないものだ。 夜は歌舞伎町などの歓楽街ではなく、落ち着くという点で二丁目に出入りしている。面倒見のいいママ(と言っても厳ついオッサン)が経営するバーで入り浸っている。 今日も足が向いたのは二丁目のバー『神無月』だ。 「今日も来たの?未成年のくせに毎日来すぎ」 ママのカンナさんが大きなため息をついた。 「いいじゃん。ジュースか炭酸水飲んでるし、もう18歳なんだから出入りくらいいいはずだけど?」 「アンタ、ゲイじゃないんでしょ?あっちの方の派手な店で飲めばいいじゃない」 「男でも女でもOKなの。バイっていうんでしょ?でも片思いの人は男だけどねー」 「いい男なのに・・・なんでアンタになびかないのかね」 「そんなの俺が聞きたいよ。ねぇ、ママだったら俺は範疇に入るの?」 カンナママはマッチョで角刈りなのに顔は化粧をしている。女装しているわけではない。見事に鍛え上げられた胸筋や上腕二頭筋を披露するために、冬でもランニングとピッチリしたタイツ姿で店に立つ。 「まぁ、寝てもイイかなって思う」 「あ、そ」 「なに?その気のない返事」 「んー、気がないから」 「そんなら聞くな!バカタレ」 こんな軽妙なやり取りが楽しくてついつい来てしまうのだ。昔は大所帯でしゃべる相手に事欠かなかったから、小さなワンルームの部屋でじっと一人で過ごすことが苦痛で仕方ない。 ママは男らしい風体だが”ネコ”らしい。 ここにいるとその手の人間に声をかけられることも多い。一晩の温もりを求めてやってくる人間も多いのも確かだ。 「俺ってさ、どっちに見えてるの?かわいい感じの男の子に告白されたこともあるし、ちゃらい男に『一晩どう?』なんて誘われるし・・・・」 「んー、どっちでもイケそうよね、理玖は」 「えー?俺、ネコの経験はないよ」
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