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香久山が鮫島と『交際』を始めてそろそろ三ヶ月になる。香久山の告白を鮫島が受け入れてから、灰原に呼ばれたり、鮫島とゴタゴタがあった男と揉めたり、色々あったけれど、あっというまに三ヶ月が経っていた。
三ヶ月前、香久山の告白を受け入れたくせに、鮫島は香久山の家を出ていった。物心ついてからずっとカプセルホテルを転々としていた鮫島に、なにがなんでも部屋を借りるように香久山は進言した。分かっているのかいないのか、鮫島はふらりと出ていった。部屋は決まったのかと香久山が訊くと、鮫島は小さく頷いた。鮫島がどこに住んでいるのか香久山は知らない、知っているのはただ一つ───
「ああ、凪……開いてますから勝手にどうぞ」
オートロックを解除しながら香久山が言ったにも関わらず、鮫島は律儀に玄関のチャイムも鳴らした。
「だから…開いてますよ」
言いながら香久山はドアを開けた。
「お邪魔します」
相変わらずの無表情で言い、鮫島は部屋に上がった。
三ヶ月前、香久山の部屋を出て行ってからも週に三日は訪ねてくる。
「いい?」
「どうぞ」
香久山が頷くと、鮫島はバスルームに入っていった。
週に三日、多いと四日、鮫島は風呂を借りに香久山の部屋にやってくる。鮫島が借りた部屋には風呂がない。香久山が知っているのはこれだけだ。他はなにも知らない。どこに住んでいるのか、どんな間取りなのか、築年数はどのぐらいなのか、鮫島は香久山に引越先のことをなにも言わない。鮫島を子供扱いしないと約束したのでもちろん香久山も詮索しない。
今後は風呂を借りたいと鮫島が言った二日後、香久山は合鍵を渡してやった。いつも香久山が部屋にいるとは限らないし、時間を気にせず風呂を使ってもらって構わなかったし、なにより付き合っているのだから好きな時に会いに来て欲しかった。しかし鮫島にその意味は伝わっていないようで、香久山がドアを開けるまで部屋に上がることはない。
自分の気持ちや欲求を鮫島が上手く言葉にできないことぐらいもちろん香久山は知っている。自分だけで片付くことは冷たく言い放つくせに、相手の協力が必要なことを鮫島はなかなか言い出せない。香久山の家を出て行く時は二回とも簡単に『明日にも出て行く』と言ったけれど、風呂を貸してくれという一言は、言いかけてはやめを繰り返し二時間もかかったのだ。
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