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再び歩き出した鮫島の後を香久山はついていった。雑踏を行く鮫島の背中を見ながら、これだけ人の記憶に残らない地味な男も珍しいと香久山は思う。すぐ後ろを追いかけている筈なのに、少し気を抜くと見失いそうになるのだ。あれだけ派手に殺人を繰り返しながら、鮫島が一度だって容疑をかけられたことがないのは、この特異な性質のせいだ。
「……明日やる」
ふいに鮫島がぽつりと言った。
「やる?」
「ヤマだ」
香久山は鮫島の手を掴んだ。
「どうしてです?」
「なにが?」
「どうして貴方が」
「それが僕の仕事だ」
「もし捕まれば貴方は二度とシャバには出られない」
「───雑踏でする話じゃないな」
鮫島は振り返って苦笑した。
「…姫……きみはどうして僕に関わる?」
「分かりません───私にもそんなこと分かりません」
「僕はまともじゃない……僕は出来損ないだし、気が狂っている」
香久山に掴まれたままだった手を、鮫島はそっと振り解いた。
「…凪、待って───」
あっというまに鮫島の姿は雑踏の中に溶け込んだ。
「凪! 凪! あのホテルで待っています! 明日、ずっと待っています! だから必ず来て下さい、あなたを待っていますから!」
返事はなかった。
その夜を境に、鮫島の姿は掻き消えた。
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