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一週間が過ぎても鮫島は香久山の部屋にいた。
あの夜、風呂から出てきた鮫島はすっかりいつも通りで、その後も発作は起こさなかった。さっきの発作がまるで嘘なんじゃないかと疑ったほど、鮫島は平然としていた。なにもなかったような顔で香久山と向かい合い、ほとんど表情を変えることなく香久山と過ごした。しかし香久山は気づいていた、鮫島が一度も目を合わせてくれないことに。
しばらく鮫島をマンションに置くことにしたと香久山が報告すると、灰原は予想外に喜び、よろしく頼むよと言った。鮫島がカプセルホテルを転々としていることを灰原は知っているようだった。本当は灰原もそんな生活はやめさせたかったし、香久山が傍にいてくれるというなら、鮫島を一人にするよりは安心できたのだ。
「姫、風呂どうぞ」
濡れた髪にタオルを被った鮫島が言った。
「私が風呂からあがったら夕食です、おとなしく待ってて下さいね」
にっこり笑って香久山が言うと、相変わらず視線を合わせることなく鮫島は頷いた。
「…どうしてきみは子供に言うみたいに僕に言う」
「子供に? そうですか?」
「……おとなしくとか……そういうの…」
「不満でも?」
「不満っていうか……姫を見ていると僕はつくづく出来損ないだと思うよ」
鮫島はそれだけ言って寝室に入っていった。鼻先で閉められたドアに、香久山は小さく眉を顰めた。
冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら、香久山は冷たいシャワーを浴びた。鮫島はときどき不用意に酷いことを口にする。無意識なので責める気はないが、本気の相手に言われると香久山のような無節操な男でも辛い。
「───凪、夕食にしましょう」
寝室のドアを叩きながら香久山が言うと、鮫島は薄くドアを開いた。
「……」
そして次の瞬間、隙間からでも見てとれるほど鮫島は赤面し、力任せにドアを閉めた。
「ちょっと凪! 凪!」
「すぐ行くから!」
「どうしたんですか、大丈夫ですか!」
どんどんドアを叩きながら香久山は言った。
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