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「平気! すぐ行くって! すぐ行くから……」
「平気って貴方ね───ぜんぜん平気には見えません」
また発作を起こしてるんじゃないかと心配になり、香久山は無理やりドアノブを引いた。
「───わっ」
開くドアに引きずられるように鮫島も部屋から出てきた。
「……良かった、発作じゃないんですね」
つんのめりそうになった鮫島を、香久山は無意識に抱きとめた。
「なっ、なにすっ…なに……放し…て姫…放せ…」
「凪、お願いがあります」
言われ、手足をジタバタさせていた鮫島はぴたりと止まった。
「貴方が自分のことをどう言おうと勝手ですが、出来れば私の前で自分を卑下するのはやめて下さい」
「……ひげ…」
「自分で自分を貶すのはやめて下さい」
「───どうして? そんなのきみに関係ないだろ」
香久山はゆっくり鮫島から身体を離した。
「もちろんそれぐらい分かっていますよ、分かっています───でも、私の大事な人を貶されると腹立たしいのです。たとえそれが貴方自身でも」
「……」
「こっちを見て」
「……」
「凪、私を見て下さい」
「…見るよ、見るから……前、閉めて」
「───前…?」
「パジャマ───胸元が…見える」
「……?」
香久山が自分の胸に手を当てると、パジャマの前は確かに全開になっていた。不思議に思いながらも、言われた通り香久山はボタンをかけた。
「これでいいですか、凪。とにかくそれだけはお願いします。もしまた自分を貶すようなことを言ったら、その口、塞ぎますよ」
「───分かった」
「分かればいいんです、夕食にしましょう」
厳しい表情を少し綻ばせ、香久山は先にリビングに向かった。
「ああ───私も今後は貴方を子供扱いしないように心がけますね」
この時、香久山は鮫島の心に気づかなかった。気づかず、夕食をテーブルに並べた。いつも通り向かい合って食事をし、いつも通り片付けた。
俯いた鮫島の表情がいつもとは違うことにすら気づかず、毛布にくるまってソファで横になった香久山はすぐ眠りについた。
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