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 鮫島の行方が知れないまま一年が過ぎた。  灰原は全く気にしていないようだった。  相良は心配していたけれど、一ヶ月が経った頃、心配するのはもうやめると香久山に耳打ちした。  香久山は週末毎にあのラブホテルに足を運んだ。鮫島の自宅も行きつけの店も香久山は知らない。彼らの接点は、非常階段がすぐ隣にある廊下の端のあの部屋だ。たった一度だけ寝たあの狭い部屋だけだ。  一年前、鮫島と別れた翌日、香久山はホテルの部屋で鮫島が来るのを待った。ヤマを踏んだ後はあの部屋で身体の熱を冷ますのが鮫島の習慣だ。そんな鮫島の姿を香久山は何度もその目で見てきたし、生きているなら戻ってくるという確信もあった。しかし鮫島は戻ってこなかった。眠れないまま夜が明け、翌日の昼になり、陽が傾く頃になって、香久山は諦めて自宅に戻った。  週末毎にラブホテルに通うだけで香久山の一年は瞬く間に過ぎた。  もう今夜で終わりにしよう───そう決めた底冷えのひどい真冬の夜、あのラブホテルまでの道の途中で、覚えのあるトレンチコートを着た行き倒れの男を香久山は見つけた。もしやと思い声をかけ、返事がなかったのでコートをめくると、焦点の定まらない瞳が虚ろに香久山を見た。変わり果てたその男の姿に、香久山は驚愕を隠せなかった。男は間違いなく鮫島凪だった。体中にべったり汚れがこびりつき、美しかった筋肉のほとんどが削げ落ち、痩せた身体には骨が浮いていた。雪までちらつき始めるほどの寒さの中、薄いトレンチコートの下は汚れたワイシャツ一枚だけだった。  自分を抱えようとした香久山を、鮫島はいきなり突き飛ばした。足を空回りさせながら逃げ出す鮫島の襟首を香久山は掴んだ。少しずつ見物人が集まり始めたが、この状況でそれは些細なことだった。優しく宥める香久山の言葉を理解できないのか、鮫島は聞き分けの無い子供のように力いっぱい抵抗した。このままでは埒があかないと思い、香久山は鮫島の鳩尾に手刀を当てた。崩れ落ちた鮫島を抱えた香久山は、通報でもされたら困るので、彼は友人で病気なんですと人垣に向けて言った。
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