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 雑居ビルにあるクリニックを香久山が訪ねると、宮辺はまるで予想していたような表情で迎え入れた。鮫島が最後にここに来たのは一年前だ。あの日も今日みたいに真冬の寒い日だった。  思えばなにもかも全て冬に起きると香久山は思う。鮫島と初めて寝た日も真冬だった。鮫島が失踪した日も、一年後に見つけた時も、香久山のマンションを出ていった日も真冬だった。十日前、鮫島が男に殴られて再び発作を起こした時も。  ふいに香久山は心に引っ掛かっていたものの正体に気づいた───鮫島を殴ったあの男はいったい誰なんだ? 「さて、鮫島さんになにかありました?」  甘い声で女医が言った。 「鮫島が発作のような症状を見せました」 「いつですか?」 「十日ほど前の夜です」 「きっかけはお分かりですか?」  少し躊躇ってから香久山は口を開いた。見知らぬ男にいきなり殴られたこと、その夜から鮫島を傍に置いていること、何度か起こした発作のことも全て話した。宮辺は特に口を挟まず、メモを取りながらときどき相槌を打った。  香久山が黙ると宮辺は小さく首を振った。目の前の女医がどういうつもりで首を振ったのか、香久山には分からなかった。 「きっかけはあなたのおっしゃる通りね。でも、その男性に殴られたせいではなくて、その男性が彼の何かを揺り動かしたんじゃないかしら。あなたはその人に覚えはないの?」 「ええ───明らかに堅気ではありませんでしたが、私には面識はありません。でも、鮫島があの男となんらかの接触があったのは間違いないと思います、あの男は確かに鮫島に『探したぞ』と言いました。それに、今になって思えば、不自然に瞑った右目は、潰れているせいかもしれません。鮫島は監禁されていた場所から逃げ出す時、男の目を刺したと言っていましたし、なにより鮫島は左利きです」 「……邪推でいいかしら?」  宮辺は小さく眉を顰めて訊ねた。 「おっしゃりたいことは想像がつきますが」 「それなら私は敢えて口にはしないわ。次にもしその男性と会うことがあれば、彼を止めてあげてね」
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