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「あー!なんか面白いことないかなぁー!」
馥郁堂の扉を勢い良く開け、カウンターへどかっと座るや否や、千草さんは大声でボヤいた。
「……千草さん、店に入って来るなりそれはないでしょう。だいたいこんな所に面白い話があるわけないじゃないですか」
その物言いに呆れて僕は返す。
千草さんは何を買う訳でもなく、ふらりと店に来てはお茶を飲んで帰って行く。
たまに商品を購入する事もあるそうなのだが、バイトを始めて半年以上が過ぎても僕はまだその姿を見た事はなかった。
「おいおい。店主の前でバイトが《こんな所》はないだろう?失礼な話じゃないか」
非難の声をあげるのは馨瑠さんだ。この店の店主で僕の雇い主である。
馨瑠さんは鼻が効くという特異体質もあって商店街の裏路地にある複雑怪奇な建物馥郁堂でフレグランス雑貨店を営んでいる。
セレクトした雑貨を売るほか要望に合わせて自身で調香する事もあり、その腕は一流だ。
「……なんかセンセーショナルな事はない訳?」
「そんな事ある訳ないだろ。平穏が一番さ」
そう言いながらも千草さんの分までお茶を淹れている所を見ると、馨瑠さんは千草さんの存在を迷惑には思っていないようだ。
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