フランスの話

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「いやぁ、来て良かったよ。最近本当嫌な事ばっかりでうんざりしてたんだ」 千草さんは無邪気に笑うけれど、それって覗き魔で憂さ晴らしをしようって魂胆じゃないかと僕は空恐ろしくなる。 そんな気持ちを知ってか知らずか千草さんは続けた。 「うちの店のオーナーがね、歳も歳だし隠居して店は息子に譲るって言い出してさ、それはいいんだけど、その息子ってのが本当に嫌な奴なんだよね。フランス料理なんてバターとソースで誤魔化してるだけとか、客も背伸びして上品ぶってるとか、好き勝手言ってくれちゃってさ。いい大学出ていい所に就職してたみたいだけど、人間としては最悪だね。一緒に仕事なんて耐えられない。脱サラなんてしなくていいのに」 憤りを隠せない様子で千草さんは早口でまくし立てた。 千草さんは近くのフレンチレストランで給仕をしていてソムリエの資格も持っている。 馥郁堂では飄々と振る舞っているが、仕事に対しては真面目らしい。 その証拠に仕事の話をする時の千草さんは、別人のように熱のこもった目をしている。 「それはまた随分な暴論だな。フランス料理には素朴で美味しいものもいっぱいあるぞ。ファルシとかブッフ・ブルギニヨンとかトリッパとかポトフとか!赤ワインと食べるアッシェ・パルマンティエなんて最高じゃないか!」 馨瑠さんも憤懣やるかたないといった面持ちで同意する。
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