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「それは今日イチでセンセーショナルだわ」
千草さんの言葉に僕も頷く。
「そうか?調香を学ぶならフランスに行くのが定石だと思うが。向こうには結局九年くらい居たかな。時折商品を空輸してくれるのは元同僚だ。格安で売ってくれるので助かっているよ」
「フランスで働いてたの?」
「ああ、向こうでも調香をやっていた。本場だからな。色々と学ぶ事も多かったよ」
遠い眼をして馨瑠さんは僕の問いに答える。その横顔はなんだか寂しそうで、フランスにまだ未練があるように見えて胸が軋んだ。
「でもさ、本場フランスで遣り甲斐のある仕事に就けたのに、なんでここにいるの?」
千草さんは聞きにくい事も気にせず、自分にはまったく理解が出来ないといった表情で質問する。
「それが難儀なもので、結局私は嗅覚の奴隷さ。ある日仕事に疲れて休憩のつもりで入ったカフェに緑茶があってね、懐かしさから注文したんだ。テーブルに運ばれた緑茶の匂いを嗅いだ瞬間、梅や檜やイグサの香りが走馬灯のように駆け巡って胸が苦しくてたまらなくなった。それで気持ちを落ちつけようと緑茶を飲んだのだが……大量に砂糖が入っていたんだ。」
そこまで言うと溜息を吐きだしてカップの縁をなぞった。
「甘い緑茶を飲んだら何故だか涙が止まらなくなって、ああ自分が骨を埋める場所はここじゃないなと痛感してしまった。という訳さ」
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