フランスの話

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「なるほどねぇ……そんな過去があったとは知らなかったよ。それじゃあさ、フランス映画のような恋をしたり、オシャレな街を闊歩したり、本場フランス料理に舌鼓を打ったりしてたのか。いいなぁ。ロマンチックだなぁ。羨ましいなぁ」 茶化しているのかと思いきや、結構真剣に千草さんは憧れているようだ。うっとりした目をしている。 「想像するような華やかな生活なんかなかったよ。ただ仕事に追われる毎日だ。休みの日は家で勉強してたし、観光なんて結局殆どしなかったな」 「いやいや、フランスで仕事に追われる日々なんて、それだけで充分絵になるよ。それに、私の見立てによると元同僚とやらが怪しいな。元同僚ってだけで面倒な空輸手続きまでして商品を格安で提供するかな?正直に言いなさいよ」 「まったく、下世話で呆れる。千草が思っているような関係ではないよ。こちらからもちゃんと商品を送っている。日本の香りは向こうの人にとってはオリエンタルで新鮮なんだ」 「ちぇっ!なんだ、残念。でも今日は面白い話聞けて儲けものだったな。これだから仕事前にここに寄り道するのは止められないよ。さて、そろそろ仕事に行くとするか」 千草さんは立ちあがり、腰を軽く叩いてから伸びをする。 「じゃあまたね」 そう言うと今日も何も買わずに馥郁堂を去って行った。 千草さんが帰った後の馥郁堂はそれなりにお客さんがやってきて、僕もバイトの本分を尽くした。
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