プロローグ

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ーー医学が飛躍的に進歩した世界ーー 「流行り病に医師要らず」 その言葉が民間で囁かれ始めたのは70年程前の話、全世界で共同研究開発を行っていた夢の医療機器「家庭用医療キッド」の完成が発表される少し前からだ。 家庭用医療キッドは「風邪、インフルエンザ、麻疹、おたふく風邪、日本脳炎、軽い創傷、打ち身、火傷……etc」診断法、治療法、処方薬が確立された病を自宅で治療できるまさに夢の医療器機だ。 完成から間もなく家庭用医療キッドは一般に普及し始め、民間医療機関の利用者は20年間で4割減少した。当初の開発目的であった人口増加による世界的な医師不足を補うことに成功したのだ。 更に10年後、家庭用医療キッドの所有は一世帯一台と義務化された。それと同時に医師の起用法も見直された。 家庭用医療キッドではどうしてもカバー出来ない手術、メンタルヘルスに特化した医師の育成に重点を置いたのだ。 しかし、この方針は誤りだった。 方針が打ち出されてから数年の出来事だ。新型ウイルスが世界で蔓延した。そのとき、家庭用医療キッドはウイルスを検知できず「風邪」と誤診したのだ。 この出来事は人々に衝撃を与えた。 「心ない鉄屑に真の治療はできない」 そんな言葉が生まれる程、世界的に苛烈なバッシングがあった……。 それから更に2年後、家庭用医療キッドについての議論は続いていた。しかし、医師不足は世界で周知された事実、人々は家庭用医療キッドに不満を持ちながらも使用する他なかった。 どの国もこの事実を重く見ていた。 繰り返される議論、机上の空論が続く中で一つの案が提出された。 医療特区の設立案だ。 家庭用医療キッドを使用しない都市を創り、そこでは医師の診断を必ず受けるようにする。医療特区の設立場所は国際空港や港、他国との接触がある地域に限定する……。 これは医師の増強で凝り固まったお偉い方に新しいビジョンを与えた。 議論は医療特区の設立案を中心に終着した。
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