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「兄さん……助けてよ……」
「はっ……?」
ユイは顔を上げ、俺を見た。
ユイと目が合った刹那、理解できない激情に駆られた。今の状況に頭では戸惑っているはずだった。しかし、俺の右手は明確な意思を持ってユイの首を絞め、左手は右腕を押さえつけていた。
「がぁッ……!!」アヒルのような鳴き声が聞こえた。それはユイの苦しむ声だった。
俺の意思とは関係なく更に体は動く。
顔を上げていたユイをソファーに押し付け更に体重をかけ右手で首を締め付けていた。
ユイは足をばたつかせ、逃げようとするが、次第に目が血走り動きも鈍くなった。
「ヒッ……」ユイの喉から高い音が鳴る。その音を最期に音は全て消えた。
俺はユイから離れようとした。だが、ユイの左手は俺の右腕を掴んでいて離れられずにいた。しばらく硬直しているとユイの手が外れ、その後には腕に刺さった爪と赤黒い手形が残っていた。
「あぁ……あぁ、あああああぁぁぁぁぁあ!!」
置き去りにされていた恐怖と怒り、悲しみがようやく今に追い付き、俺は混乱のなか絶叫していた。
しかし、この叫びは誰にも届くことはなかった。
ユイを殺してから俺はしばらく叫び続け、叫び疲れて現実に戻る。二人の横たわる死体に目を落とした。ユイも父も瞳をカッと開き苦悶の表情で固まっていた。
そんな二人を見ても心は違和感を覚える程に穏やかだった。そのとき、もう心が壊れてしまった。そう思い込んだ。
俺は二人の瞳をそっと閉じ「今までありがとう……さようなら」と言ってリビングを後にした。
服を着替えた後、まっすぐ玄関に向かい靴を履いた。それから傘立てに置いていた愛用の金属バットを手にし外に出た。
陽の下に出た瞬間、目が眩む程明るい空と心地よい風を感じた。
今が嘘ではないかと思うほどいつもの風景だった。
俺は深呼吸し、現実は残酷だと実感した。
外は血とガソリン、髪が焦げたような臭いが充満していた。
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