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受け入れがたい事実は、日記を読むにつれ現実のに変わっていく。
やり場のない思いと、このままではいけないという狭間の中で、どうすればいいのか困惑していた。
忘れたくない私の思い出は、傷となって更に深く刻まれていく。
楽しかった日々を思い浮かべると、歯がゆくて悔しくてやりきれない気持ちになる。私は日記を読み耽りダラダラと日々を過ごし、癒える筈もない傷をずっと撫でている気分だった。
そんなある日、窓の下に見覚えのあるシルバーの車が見え着替えを済ませると、急いでそこに向かっていた。助手席の窓から覗きこむと
「お久しぶりです。ちょっと乗りませんか?」
「はい…」
初めてその人にまともに返事をした気がする。車に乗ると何処へ行くかも分からないが走り出していた。
圭がそのまま成長したら、こんな感じになっていたんだろうか?目元は少し違うけど、スラッとした手足に少し長めの前髪。
笑顔を見せる事はないが、口調は穏やか。ロクに受け答えも出来ずにいた私に、優しい言葉を掛けてくれるところは彼と似ている。
「圭はあなたとの約束を励みに、ずっと頑張って生きる事が出来ました。病弱で友達も居なくて…でも、笑顔は絶やさない強い子でした。僕の自慢の弟です。出来ればあなたに逢わせてあげたかった」
私は涙目になりながら、黙って話を聞いていた。
「病室に置いた観葉植物に水をやる度に、ポタポタと落ちる雫を見ながら、あなたと過ごした時間を思い浮かべているようでした。あなたは私と会うのは初めてだと思いますが、私は一度圭のあとをつけて覗きに行った事があります」
「えっ…」
フッと寂しい笑いを浮かべると、彼は話の続きに戻る。
「心配だったのと、本当なのかという好奇心からです。圭があんなに楽しそうな所を見たのは初めてで、この時間は絶対に邪魔してはいけない、彼のオアシスなんだと思って家に帰りました」
途中で車を止めると、彼は缶コーヒーを買って私にそっと渡してくれた。お礼を言って受け取ると一緒に黙って飲み始める。
お互い無言だけど、私達の中に同じ人の面影が映っている。今の気持ちを、一番理解し合える者同士。
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