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『だって、下に何が落ちているか分からないじゃないか。』 小学生の頃、下を向いて歩く僕を大人達が「前を見て歩きなさい」と嗜める度に、そう思った。僕の通学路は田舎道で、舗装なんかされちゃいなくて、小石がそこらじゅうに転がっていたし、雨の日には無残にも車に潰された蛙たちが横たわっていた。それを足元を見ずに歩けという方が無理な話だ。 それがどうだろう。大学生になって、都会の滑らかなアスファルトを歩くときには、前を見ていなければ不特定多数の他人にピンボールのように当たって気分が悪い。行き先をしっかり見て歩かないと、人波に飲まれるだけでちっとも前に進めない。おまけに、ビルが森のように太陽を阻むから、方向なんか分かったもんじゃない。時には、どっかの誰かが作ったナビゲーションを頼りに、人の海を漂いながら進む。 『そっちは、本当に行きたい方向?』 突如、自分の中から声が聞こえた。気がついたら、目的の曲がり角を通り過ぎていた。人が多く進む道に無意識に歩いていってしまったらしい。ふっ、と振り返ると、何かにつまづいた。下を向くと、都会にあるにはあまりにも大きな石がそこにあった。 いつからだろう。足元を確かめて歩く癖が抜けていたのは。僕は、つまづいた小石をそのままにして、今度は下を確認しつつ、前を向き、歩き出した。
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