433人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ
三十社目の会社も駄目な予感が強い。長く続いた就職氷河期が好転し始めたというのに、奈緒はいまだ一社も内定が受けられない悲惨な大学四年生だった。
何十社受けても、内定が一つも出ない。業種も職種も選ばなくなってもう大分経っているのに、それでもまったく内定がない。
奈緒が今着ているリクルートスーツは二着目で、就活用にスーツと合わせて買った革靴は、もう三足目だ。炭酸飲料を飲みながら足元を覗くと、その三足目の革靴の踵もボロボロにすり減っている。
ペットボトルを空にすると、奈緒は今日一番の大きなため息を吐き出した。靴がボロボロになっても買い換えることができない。就活が忙しくて最近はバイトもろくに入れず、金も無かった。
内定は無い。金も無い。ちなみに話は逸れるが、二ヶ月前に彼女にも振られている。つまり、女もいない。見事な無い無い――無いづくし。三重苦だ。
吐き出す息も尽き果て、力なく肩を落とす。
「おっつ~、お隣いいですかぁ?」
ドサリ、と奈緒の隣に何者かが座り込んだ。
「あっちぃ~! このクソ暑い中スーツって、ドMですか?!」
大きな声の正体はすぐに判明したので、面倒臭そうに目だけをそちらに向ける。
憎たらしいことに、男は涼しげな白地のプリントTシャツに、ロールアップした薄いブルーのジーパンという出で立ちだ。
「……あ、その顔は……ダメでしたか?」
奈緒の冷たい視線に気づくと、男は気まずそうに顔を歪めた。それから、奈緒の横に放り投げられたB四サイズの封筒で、汗だくの奈緒を扇ぎはじめた。
奈緒は涼しい風に気分を良くし、男の方に顔を寄せた。もっと扇げ、と。
「この前の最終面接まで行った会社から、さっき不採用の連絡があった」
「あぁ……そっかぁ、あそこもダメだったか……。ご苦労さんデス!」
男はいかつい風体に反し、まめまめしく奈緒に風を送り続けた。いつものこととはいえ、こうして甘やかされると、苛立った気分もグッと和らぐ。
奈緒を甘やかすことに長けたこの男は、武田嵐(たけだあらし)。
奈緒とは大学入学以来の友人で、大学の友人の中では一番仲が良い。現在は同じゼミに所属し、暇つぶしのサークルにも一緒に名を連ねている。
「お茶買ってきたけど、飲むか?」
嵐が扇ぎながら訊く。
最初のコメントを投稿しよう!