ホタル

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 それは、真理が母親と一緒に池袋へ買い物に行った時の事だった。  夜の七時頃の帰り道、道路は渋滞していて、母親の運転する乗用車は、川越街道を成増に向かってノロノロと進んで行く。  真理は、助手席から退屈そうに夜景を眺めていたが、そんな時、運転席の母親が真理に話しかけた。 「見てごらん真理、蛍がいるよ。珍しいね」 母の指摘を受け、真理は正面を見る。すると、車のフロントガラスに一匹の蛍が止まっていた。  無事に着地したものの、どうしていいのか判らないらしく、妙に落ち着きがない。その姿が、とても愛らしかった。 「こんな所にもいるんだ…」  しみじみと呟く真理に答えるように、蛍は腹部を光らせた。 「本当に変な蛍ね。オレンジ色に光っているわ?」  母の声は、真理の耳には届いていなかった。真理は泣いていたのだ。涙が溢れて、蛍のオレンジ色の光がぼやけていた。 「どうしたの真理?」  母の声に反応を示さない真理。  彼女の思いは、すでに遠くにあったのだ。  一年前の康太との思い出の中に…。  
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