汗水、泥水の先の……笑顔

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僕がまだ幼い頃。 アパートの隣の部屋に、ひとつの家族が引っ越してきた。そこに僕と同じくらいの歳の女の子がいた。 名前は、サキ。 柔らかな黒髪をふたつに結んで、動くたびに揺れるふたつの尻尾が可愛らしくて。 白い肌とふにふにの頬っぺたが、笑うたびにふわりと赤みを帯びるのが美しくて。 幼いながらに僕は、サキに恋をしていた。 「ぼくとけっこん、してくださいっ」 僕らはアパートの敷地内の公園で、よくふたりで遊んでいた。 けして広くはない砂場の中心でお山を作っていた途中。近くの花壇から二、三本の花を摘み取り、差し出してプロポーズをした。 僕が震える手で握る花を、サキはそっと受け取った。 「はい。いいよっ」 この時のサキの笑顔は、今まで見たどの笑顔より可愛かった。 作っていたお山のトンネルが開通間近な事をすっかり忘れてしまうほどに。 「でも、あたしたちはまだ"こども"だから、けっこんはできないよ」 サキはほんの少し、僕よりしっかり者だった。 開通間近だったトンネルが音を立てて、崩壊した。
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