アポフィライト

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「ないんだ。なんにも」 顔を上げた彼女は、笑みを浮かべていた。   俺はその時、彼女の顔を初めて真正面から見る。 それは。不思議な笑顔だった。 「ないって、どういう……」 口をついて出たのは、そんなとりとめのない言葉だけだった。 「んん? 言葉のまんま」 「…………」 エルティさんの言葉は耳だけに響いて、頭には入ってこなかった。 どうしてかといえば、それは―― 「何もないんだよ。うちのギルドには。それが良いところ。どうかな? 入りたくなったでしょう?」 彼女の美しさに、見とれてしまっていたからだった。                         人より色素の薄い、彼女の大きな瞳は、夕陽を受けて仄かにピンク色に染まっている。 彼女がマスターを務めるという、ギルド名の宝石にかけて言うのであれば、それはさながらローズクォーツのようだった。 ローズクォーツの宝石言葉は、果たしてなんだったかな。 俺はギルドの勧誘を受けている真っ只中に、そんな的外れなことを考えていた。 「はい。よろしく……お願いします」 俺がアポフィライトに入った理由。 それは、一目惚れだったのかもしれない。 エルティさんは、俺の初恋の相手だった。
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