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「おはよう。白君。今日は早いね」
右斜め四十五度。
彼女の胸部、失礼。笑顔が映えるベスポジ。
アポフィライトに加入させてもらい僅か数日で、俺は彼女における最大のスキルを生かす技術を体得していた。
「おはようございます。今冬休みなので」
太陽に透かせば金色に見える、極々色素のうすい地毛。
もうすぐ腰まで届きそうなストレートの艶やかなそれは、彼女が一歩足を出す度に、その背中を追いかけて、空中にさらさらと音を立てるようになびいていた。
明るい陽の下では焼け焦げてしまうのではないか、そんないらぬ心配をしてしまいそうになる決め細やかな白い肌に、吸い込まれるほどの大きな瞳。
エルティさんだ。
「じー」
「え?」
「んん?」
今俺はエルティさんに睨まれている。
なるほどなるほど。
そうか。聞いたことはあるんだ。
女子は自分の胸部に対する視線に敏感である。
そんな都市伝説を。歴史上の仮説を俺は耳にしたことがあった。
空虚な論説と一笑に付していた俺ではあったが、その論説は正しかったということが、今証明されたわけだ。
「い、いや。可愛いアバターだな、なんて……あはは」
ライフォールオンラインの世界では、外見に関しては現実世界でのそれが、正確に反映される仕組みになっている。
髪型や衣類は、アバターと呼ばれるもので変更ができるため、お洒落をすることが可能だ。
しかしアバターとはいえ、現実世界で服を着ることと、それは何も変わらない。
髪飾りから下着に至るまで、現実世界に劣らない種類が揃えられている。
「ふっふーん。いいでしょう。今日新発売のアバター福袋を買っちゃったんだよね。今着ているのは、あたしの中では大当たり。誰も気がついてくれなくて落ち込んでいたのだけれど、白君はさぞさぞ目が肥えているんだね」
下手くそにもほどがある俺の言い訳をよそに、一転自慢の胸を張り上機嫌のエルティさん。
最後の一言は皮肉に聞こえないこともないが、それは俺の思い過ごしだ。
しかし、この人の言動の芝居がかり具合も、道程チェリーさんに負けず劣らず大概だなあ。
よし。俺のターンだ。
「似合っていますよ。特に肩から背中にかけての牡丹の刺繍なんて、さながら下界に舞い降りたヴィーナ――」
「ああ! 忘れてた。白君に紹介したい人がいるんだよ」
わざとなのか、天然なのか、俺に弁解のチャンスは回ってこなかった。
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