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あそこが緒方君のお仕事スペースね。
「少し、呑もうか」
カウンターになっているキッチンに入って行った緒方君に聞かれ、わたしは「うん」と答えたものの、所在無さげに立ち尽くしていた。
緒方君が、ああごめん、と言う。
「そこ、構わず座って」
カウンターから緒方君が指さしたのは、白いカウチソファー。
「あ、うん。じゃあそうさせていただきます」
思わず敬語になってしまう。
借りて来た猫状態で長椅子タイプのソファにそっと座ったわたしを見た緒方君、クスクスと笑っていた。
「そんなに緊張しなくていいよ」
ワインのボトルとつまみのナッツを入れた小鉢を持ってキッチンから出て来た緒方君に、わたしはちょっと頬を膨らませた。
「緊張なんて、してません」
「そう?」
軽く肩を竦めてみせた緒方君の笑顔が、すごく優しくて、胸にキュッと締まるような痛みを感じた。
慣れた手付きでワインボトルのコルクを抜いた緒方君は冷えたロゼのワインをグラスに注いでくれた。
薄紅色の綺麗な液体が揺れるグラスを「お疲れ様」と言いながらそっと合わせて、静かに口を付けた。
コクリ、と喉を通るワインの感触。
アルコールがゆっくりとわたしの中を巡る。
揮発する。
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