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動くのを辞めたら、死んじゃう。
もっと、もっともっとキャリアを重ねたい。
蓉子先生のように、仕事が熟せて幾多のクライアントの要望に応えられる弁護士になりたい。
そう思った時、ふと、婚約していた彼の言葉がわたしの脳裏を過った。
『菊乃くらいの弁護士なら沢山いる。
菊乃は結婚して妻として支える側に回った方がいい』
あの言葉を聞いた瞬間、ああこの人とはやっていけないって思った。
『わたしから仕事を取らないで』
わたしの言葉が、すれ違いの、諍いの種となった。
あの時、忘れる為に彼だけを見ようって、必死に自分に掛け続けて来た暗示が、フッと解けてしまったのだ。
遼太だったらこんなこと言わないって考えてしまった。
それはパンドラの箱を空けた瞬間だったんだ。
箱の底にしまい込んだ筈の想いが、外に出てしまったのだ。
不意に開いた手帳に目をやると、挟まっていた一枚の名刺が少しだけ顔を出していた。
緒方君。
遼太を、忘れる為には関わらない。
緒方君、わたしはやっぱり、できるだけ緒方君に会わない方がいいと思う。
心の中でそう呟き、わたしは飛び出していた名刺はそのまま、また手帳の奥へと押し込んだ。
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