第1章

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 男は虚ろな目をして座っていた。  喫茶店の窓の外では銀杏が黄金色の葉を散らしている。彼女が好きだった光景だ。しかし男は、目に映る全てをどこか遠い出来事のように感じていた。黄色く枯れて死んでいく木の葉も、冬を目前にした弱々しい陽光も、すっかり冷めてしまっているコーヒーも。そして、自分がここにいるということすらも。  ただただ、ひと月前に亡くなった妻のことばかりが思い出される。そして、自分がどれだけ大切にされていたのかも。 『あなたは稼いでくれているんだから健康でいてもらわなきゃ。さあ召し上がれ!!』  と、彼女が食卓に並べるのは、いつだって栄養のバランスを考えて作られた美味しい料理で。 『最近忙しいみたいだけど無理しないでね?』  心配そうな顔で気遣ってくれた言葉は優しくて。そう言う彼女だって仕事で疲れていたはずだ。あのとき自分はなんて答えただろうか?  自分こそ、もっと彼女をいたわるべきだったのだ。知らぬ間に病は妻を蝕んでいて、その命をあっけなく奪っていった。  わき上がるのは後悔の念。自分は妻に何をしてやれただろうか。  そして、強く思う。  もし時間を戻せるのなら、と。今度は、妻に自分ができるだけのことをしてやるのだ。 「「「キャー!!」」」    突如、男の耳に叫び声と、車のブレーキ音、そして窓ガラスが割れる音がいっぺんに飛びこんできた。  次の瞬間、体をつきぬける衝撃。  男の視界が真っ白に染まった。
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