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男は虚ろな目をして座っていた。
喫茶店の窓の外では銀杏が黄金色の葉を散らしている。彼女が好きだった光景だ。しかし男は、目に映る全てをどこか遠い出来事のように感じていた。黄色く枯れて死んでいく木の葉も、冬を目前にした弱々しい陽光も、すっかり冷めてしまっているコーヒーも。そして、自分がここにいるということすらも。
ただただ、ひと月前に亡くなった妻のことばかりが思い出される。そして、自分がどれだけ大切にされていたのかも。
『あなたは稼いでくれているんだから健康でいてもらわなきゃ。さあ召し上がれ!!』
と、彼女が食卓に並べるのは、いつだって栄養のバランスを考えて作られた美味しい料理で。
『最近忙しいみたいだけど無理しないでね?』
心配そうな顔で気遣ってくれた言葉は優しくて。そう言う彼女だって仕事で疲れていたはずだ。あのとき自分はなんて答えただろうか?
自分こそ、もっと彼女をいたわるべきだったのだ。知らぬ間に病は妻を蝕んでいて、その命をあっけなく奪っていった。
わき上がるのは後悔の念。自分は妻に何をしてやれただろうか。
そして、強く思う。
もし時間を戻せるのなら、と。今度は、妻に自分ができるだけのことをしてやるのだ。
「「「キャー!!」」」
突如、男の耳に叫び声と、車のブレーキ音、そして窓ガラスが割れる音がいっぺんに飛びこんできた。
次の瞬間、体をつきぬける衝撃。
男の視界が真っ白に染まった。
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